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ベルギーコラム

Vol.07 ベルギーのぶどう収穫

宮崎真紀

ベルギー在住、フードジャーナリスト及び衣食住に関するコーディネーター。食の世界の生活情報誌「ボナペティ」編集長。他に、国立料理学校でのフランス料理、フラワーアレンジ、ベルギーボビンレースの教室を主催する。

「ワイン醸造用のぶどうの収穫に行かないか」と友人のワイン批評家に誘われ、前から興味があり一度やってみたかったので、一も二も無く話に乗った。

カーニバルの町バンシュへ

ある日曜の朝、カーニバルで有名なベルギーの西南バンシュへと向かった。ビールの国のベルギーにワインなんてあるの?といわれそうだが、大昔はベルギーのいたるところでワイン製造をしていたのである。その証拠にブリュッセルから数十キロほど離れたヴィレールス・ラ・ヴィルのシトー会大修道院では、汚染された飲み水の代わりに千年も前からワイン製造をしていたという。ところが、15世紀にヨーロッパ中が寒冷期に入ったため、ぶどう栽培は徐々にすたれていき、ビール製造に力が注がれたというわけだ。

しかしぶどう栽培が全面的に終わったかというとそうでもなく、地方によってはワイン製造が続けられていた。その一つである西南地方では、すぐ隣のフランスのシャンパーニュ地方と同じ土壌で気候も似ているため、白ワイン製造が行われていた。ところがナポレオンの統治下のとき、ぶどうの株が全て引き抜かれ、麦やジャガイモの栽培地帯となってしまったのである。最近またワイン製造が盛り返し、瓶内二次発酵の伝統的シャンパーニュ方式で「白のスパークリングワイン」を製造している。

三々五々と集まった人々

現地集合時間が8時だというのに、大半の人が既に7時には集まっているほど気合が入っている。ベルギー中から集まったボランティアは、ワインの輸出入業者やレストラン関係者、またワイン愛好会の人たちや私のような野次馬的な者も含め約250人もいた。

初心者には収穫するぶどうの房とそうでない房の見分け方、房の切り離し方などのレクチャーがあった。収穫は一列に並んでいるぶどうの株を2人一組で担当し、株の両側から同時に狩る。こうすれば狩り残しを防げるというわけだ。斜面の一番下から上へと順に刈り進み、担当の一列が終わると畝の番号を報告し、また次の新しい畝へと向う。バケツがぶどうでいっぱいになると、ところどころに置いてあるケースに空ける。そしてぶどうでいっぱいになったケースが18個集まると、フォークリフトで集めにくる。なかなかの手際の良さである。

ぶどう狩り

さて、待望のぶどう狩りとて、私は空のバケツを持ち勇んで畑に降り立った。相棒は女性雑誌の編集者で、彼女は去年も参加したそうだ。最初の一房を切ったとき彼女が食べてごらんという。え~いいの?と躊躇したら「好きなだけ食べなさいよ。特権よ」。それもそうだ。今日は肉体労働のボランティア、以前フランスのぶどう畑のぶどうを無断で味見した時とはわけが違うのである。小粒だが瑞々しい一粒を堂々と食べてみた。あふれる果汁はなかなか甘いけれど、粒の大きさに比例せず種が大きいのには閉口した。そのうえ几帳面に必ず種がある。少し食べたがやはりワインのほうがいいや、とその後はハサミを動かすこととおしゃべりに専念した。やっとバケツがいっぱいになったのでヨ~イショと立ち上がってびっくり。まだ一列の半分にも達していないではないか。

日差しが強くなったので、日焼け防止の帽子をかぶったら、皆に不思議がられ笑われてしまった。それもそのはず、彼らのなかには日に焼ける絶好のチャンスとばかり上半身裸になる人もいるからだ。黄色人種はすぐ黒くなることや、太陽光線はシミやシワの原因で肌に悪いなど畑の真ん中で講義する羽目になってしまった。実は手袋もしたかったけれどさすがに我慢した。

いっぱいにしたバケツを何回か運んだところで、お昼になった。スープにパン、チーズ、ハム、パテなどの簡単なものだが、すっかり仲良くなった人たちと囲むテーブルは愉快なものだった。が、その後がいけません。半日の中腰作業ですでに腰が痛く、いったん座ったら立つのが辛い。「さぁ、もうひと働き」と軽々と立ち上がる相棒を見て、その恐ろしき体力に唖然としてしまった。肉食と草食の差をひしひしと感じつつ、そこは日本人の代表(でもないか)、意地でも担当の分を敢行すべくノロノロと立ち上がった。

戦いすんで

陽も西に傾きはじめた18時。最後は這うようにして収穫を終わらせたとき「この後が楽しいのよ」と微笑む相棒。バーベキュー用のグリルのわきには薪がうず高く積んであり、どうやらこれから畑で大バーベキューが始まるらしい。相棒の「もう帰るの?美味しいワインと食物があるのにィ~」という声を聞きつつ、それどころではない私はミシミシ痛い腰をさすりながら一路家をめざしたのだった。翌日の私はどうだったかって?一晩寝ればピンピンだった、筈はありません。

ところで収穫したぶどうはアルコール度11度、味も例年を上回る素晴らしい年だそうである。2年後に市場に登場するはずのチョッとだけ参加した「ミレジム2007年」。是非買わなくちゃ。

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