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ベルギーコラム

Vol.04 菓子のワールドカップ

宮崎真紀

ベルギー在住、フードジャーナリスト及び衣食住に関するコーディネーター。食の世界の生活情報誌「ボナペティ」編集長。他に、国立料理学校でのフランス料理、フラワーアレンジ、ベルギーボビンレースの教室を主催する。

2007年1月、フランス・リヨンで「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」が開催された。これは2年に一度、世界のトップ・パティシエ達がその技を競う“菓子のワールドカップ”である。今回の結果は、日本の16年ぶりの優勝、ベルギー2位、イタリア3位というものだった。このビッグニュースをいち早く私に知らせようと、表彰式の現場から電話をくれたベルギー人ジャーナリスト仲間は、「日本が勝って嬉しいだろう」と興奮気味に叫んだが、それを聞いた私といえば、“すごく嬉しくもあり、なんとなく残念”という複雑な心境だった。なぜなら、大会前にブリュッセルでプレス発表された作品を見て、テクニックの凄さとこのインパクトの強さなら「ベルギー優勝」もあり得る、と内心思っていたからだ。それに加えて、取材を通じて知り合ったパティシエ達への「遠い親戚より近くの他人」的な応援の気持ちがあったこともある。断っておくと、私は車やパソコンさらにスーパーでの日常食品にいたるまで、選択肢があれば断固として“日本製”を買う絶対的な愛国心を誇っている。だから今度ほど、どちらを応援するかで、私の心が日本とベルギーの間で揺れ動いたことはなかった。

信じられない・・・の2年前

ところで、前回の2005年でも日本とベルギーは優勝候補だったのをご存知でしょうか。この大会は3人のパティシエが1チームとなり、チョコレート細工と飴細工そして氷彫刻を9時間以内に制作する。ところが、ところがですよ。あらぬことに両国とも仲良く(?)、審査前に作品が壊れるというハプニングが起きてしまった。

チョコレート細工を担当したベルギーのパティシエが、高さ1メートル50センチの完成品をブースから会場の審査台まで運ぶ時、不運は起きた。床に這うコードに気を取られたか、極端なまでのストレスか、会場を埋める観客や応援団の歓声と熱気がそうさせたのか。またはその仕事に甘さがあったのかもしれない。きっとこれら全てがない交ぜになった状態だったと思う。一瞬にして、一年半のチーム全員の努力とそれを支えた人々の夢が消えた。まさに“うそ~”と絶句した瞬間だった。そして何と、日本チームも飴のピエス破損などで審査台に作品を乗せることが出来なかった。優勝のフランスと、オランダ、アメリカが表彰台に上がり、両国チームとも悔し涙を飲んだ。

いざ対決

最高味覚賞作品

さて、2年後の2007年1月21日&22日。20ヶ国を代表するパティシエ達が一堂に会した。緊張がみなぎる中、競技は早朝6時半から始まった。3x6メートルのガラス張りのブース内での制作である。ひな壇を埋める何百人という観衆に金魚鉢の金魚よろしくさらされ、20人もの審査員がウロウロと歩き回りチェックする中、だんだんテンションは上がっていく。まず11時にチョコレートケーキの試食審査が始まった。観衆が見守る中、21人の審査員がステージにずらりと並び公開審査をする圧巻の審査風景だ。観衆も固唾を飲んでその様子を見守る。その後順次に試食が進み、氷彫刻の完成と続く。クライマックスは、各国のパティシエが渾身の力を振り絞った大型のピエス・モンテが続々と会場に運び込まれた午後4時前後。この頃には見るものも参加者たちも興奮の渦の中にいた。総合点16,000点のうち、優勝の日本とわずか90点の差でベルギーが2位となった。更にベルギーは、「最高味覚賞」のシラク大統領賞も獲得した。

戦い終わって

セーブル製花瓶

世界2位のトロフィーとシラク大統領杯のセーブル製花瓶を持ち帰ったベルギーチームに感想を聞いた。コーチのヴァンデンデールは、彼自身もこの大会へは何回も出場したベルギーきっての氷彫刻の第一人者で、今回の審査員の一人でもあった。「日本のチョコレートのピエス・モンテの前では思わず唸ってしまった。全体のバランスといい、テクニックといい全ての点で完成度が高かった。氷彫刻も良かった。そのダイナミックなスタイルを見て、僕が世界一と尊敬する、北海道に住んでいる氷彫刻の第一人者、中村順一氏のアドバイスが絶対あったと確信しました。彼なしにはあそこまでの作品は出来なかった筈だ。90点の差はどこにあると思うかって? 時間切れのため、飴を引き伸ばして作る「花」が飴細工につけられず、それが減点になったと思う」。そういえば、プレス発表では確かに花が付いていた。この点を製作者に聞くと「事前に配られていた器具リストと違うものが大会当日に用意されていました。オーブンは違うし大理石の台も用意されていなく、作業時間に大幅な狂いが生じてしまったのです。やろうと思えばできたが、あの極限状態の中で時間を気にしての作業はリスクが大きかったので止めました。後で仲間から文句を言われましたが・・・」。予想外のハプニングや刻々と迫る時間にどう対処するかが勝ち負けを左右するのかも知れない。

えびす顔の大臣

ベルギーチーム

今回は初めて、ブリュッセル政府がこの手の国際大会のスポンサーとなった。それまでは少数の企業のバックアップとパティシエ個人が全てを補ってきたそうだ。凱旋したベルギーチームを飛行場に出迎えたブリュッセル政府の経済・予算及び外商担当大臣ギー・ヴァンヘンゲル氏は、「ブリュッセルには料理と菓子の専門学校が2校あります。この度の協賛は、この職業を選んだ若者に励みと目標を与え、同時にベルギーの存在を世界に印象付ける絶好のチャンスだと判断したからです。希望していたとはいえ、今回の快挙はベルギーへの最高の贈り物でした。優秀なパティシエの諸君を誇りに思います」と、大満足の様子で語った。

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