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ベルギーコラム

Vol.01 ベルギーの古都「ブリュッセル」

宮崎真紀

ベルギー在住、フードジャーナリスト及び衣食住に関するコーディネーター。食の世界の生活情報誌「ボナペティ」編集長。他に、国立料理学校でのフランス料理、フラワーアレンジ、ベルギーボビンレースの教室を主催する。

連想ゲームを一つ。小便小僧、EU本部、ワッフル、とくれば?「ブリュッセル」ご名答。ベルギーが世界地図上どこにあるか知らなくても、ブリュッセルの名前は聞いたことがあるはずです。ではピーター・ブリューゲルを知っていますか?「エー、誰その人?新人のショコラティエ?」なんていう声が若い女性から聞こえそうですが、実は彼、ブリュッセルで活躍した16世紀の画家なのです。でも彼の絵は美術の教科書にはまず載っていないし、裸体の美女や英雄を描いたわけでもないので、知らない人がいても当然。しかし、通の絵画愛好家の間では絶大な人気があるのです。

ブリューゲルは、版画家、挿絵画家としてアントワープでそのキャリアをスタートしました。つまり北斎や写楽または今でいうイラストレーターといったところでしょうか。ブリュッセルに移り、結婚してから死ぬまでの6年間、ほとばしる勢いで描いた数々の油彩画は特に精彩を放ち、16世紀ネーデルランド絵画における唯一の天才と称されています。そして、それらの絵がブリュッセルからわずか15キロほど離れた土地の風景や、そこに住む農民や庶民の日常生活にヒントを得て描かれたのです。嬉しいことに、絵に頻繁に登場する教会や風車そして景色が、今でもそのままの姿で残っています。

盲人が盲人の道案内をすれば、二人とも穴に落ちてしまう

盲人の寓話。ナポリ国立美術館

聖アンナ教会

とは、新約聖書のマタイ福音書に書かれているキリストの言葉。これをブリューゲルは、イテルベークにある聖アンナ教会を背にした六人の盲人という構図で描きました(「盲人の寓話。ナポリ国立美術館」)。先頭の盲人は既に溝に足をとられ仰向けに倒れ、それに連なる二人目の盲人は危険を感知した驚愕の表情。ところが、続く三人目はのん気そうに連なり、四人目はまるで鼻歌でも歌っていそうな様子です。

しかし、彼がこの絵で言いたかったのは聖書の教訓ではありません。ブルゴーニュ家に代わり支配者になったハプスブルグ家の暴政を、あたかも聖書の絵と見せかけて鋭く警告したのです。つげ口により宗教裁判や魔女狩りが行われていた時代、真っ向から為政者を弾劾することは自らの首をしめるようなもの。そこで比喩や寓意を用いて体制批判をしたのです。農民画家と呼ばれるブリューゲルですが、単に農民の姿を描いただけの画家ではありません。彼は、東のエラスムス、西のブリューゲルと言われるほどのヒューマニズムの思想家でした。エラスムスが文でつづろうとしたものを、ブリューゲルは絵筆で表現したのです。そんな目で彼の絵を見ていくと、殆どの絵に寓意が含まれています。例えば有名な「農民の結婚」や「農民の婚礼の踊り」の中の彼ら、楽しい場面のはずなのに誰一人として笑っていません。生活に疲れ笑う余裕もなかったのです。

さて、そんな難しいことは抜きにしても彼の絵は抜群に親しみやすく、その色彩、躍動感、漫画チックな表情の人物など独特のおもしろさがあります。またその背景となるパノラミックで悠遠な風景が、イテルベークなどを含むパヨッテン・ランドや、ベルギーの南方ディナンの奇岩がそそり立つムーズ河畔の風景ときては、ベルギーファンなら必見です。

グラン・プラス

グラン・プラス

 ビクトル・ユーゴが、「世界で一番華麗な広場」と絶賛したグラン・プラス。領主の豪華な館があり、その財力を誇るように高い石造りのギルドハウスが並ぶ、まさに富や権力の象徴の場所です。そこには庶民や農民を支配する側の世界がありました。16世紀当時のブリュッセルはヨーロッパきっての大都会でした。ブリューゲルはそこで繰り広げられる上流社会の実情と、貧困にあえぐ農民の生活をつぶさに見つめていたにちがいありません。

ブリューゲルが結婚し亡くなるまで住んでいた家が、この広場からそう遠くないオート通り132番地にあります。当時この辺りは、ギルドの親方や裕福な商人が住む高級住宅地で、その家は高価なベネチアンガラスをはめ込んだ窓、彫刻を施した扉など、レンガ造りの家が続く大通りの中でもひときわ目立つ大きさです。でも、ここは彼の絵の師匠であり義理の親でもあるクック・ヴァン・アールストの家で、同居が結婚の条件だったとか。家を見ながら、ここから彼は絵道具を持って歩いて田舎に行ったのだろうか? 農家に泊まり貧しい食事を分けてもらったのかもしれない、など想像を巡らせるのは楽しいものです。

ブリューゲル

近年のブリューゲルブームにあやかり、フラマン観光局は絵に登場する19ヶ所を明記した地図を発行。日曜日の午後地図を持ってサイクリングする親子連れを見かけるように、ベルギー人の間でも評判は上々です。「盲人の寓話」に描かれている教会の横にあるカフェで、ブリューゲルの時代から飲まれていた地ビールを飲みながら、この辺り特産の白いチーズをタップリ塗ったオープンサンドを食べたり、地図を片手にブリューゲルが通った「奥の細道」をその絵に籠められたメッセージを解き明かしながらたどると、まるで何百年も昔にタイムスリップしたような気分になることでしょう。

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