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ベルギーコラム

Vol.06 オメガング

宮崎真紀

ベルギー在住、フードジャーナリスト及び衣食住に関するコーディネーター。食の世界の生活情報誌「ボナペティ」編集長。他に、国立料理学校でのフランス料理、フラワーアレンジ、ベルギーボビンレースの教室を主催する。

いやはやなんとも豪華なものだ。毎年夏ブリュッセルで行われるオメガングに登場する王侯貴族の末裔たちのことである。庶民にはもっぱら無縁のところに今もしっかりと存在する彼らの年に一度の晴れ姿、とくと拝見してきました。

オメガングって何?

神聖ローマ帝国皇帝とスペイン王を兼ねるカール5世がオメガングの主役である。彼はコロンブスの航海を支援したイザベラ女王の孫で、広大なハプスブルク家領とスペイン全土やナポリ王国、さらには発見されてまもない新大陸など、途方もないスケールの領地を治めた中世最後の皇帝だった。

カール5世は1500年ベルギーのゲントで生まれた。思春期までをブルゴーニュ(現ベルギー)で育つが、その後は統治のためスペインなどヨーロッパ中を忙しく駆け回った。ふと気が付くと49歳、肉体の衰えも感じる。しかし後継者である長男フィリップは影が薄く目立たない存在だ。そこで、息子をスペインから呼び寄せ、まずネーデルランドの君主とした。新君主フィリップへの臣従の儀式が1549年6月ブリュッセルで行われ、それを祝って祭りが奉納された。この様子を再現したのがオメガングだ。

夕闇に包まれ薄暗くなり始めた午後9時。荘厳なグランプラスにファンファーレが響き渡り、小太鼓のリズムに合わせて旗手たちが色とりどりの旗を掲げながら広場に現われる。往時の装束に身を包んだ王侯貴族と王妃や姫君たちに続き、皇帝とフィリップが登場すると、さながら本物の皇帝を迎えたように観客から拍手が沸き起こった。その後、馬上の騎士たちの行進、農民の踊り、バンシュのカーニバルなどを鑑賞するが、見事だったのは長い棒の先の大きな旗を巧みに操る若者の一団だった。旗を3メートルもの高さに空中に放り投げる華麗な演技や、自分の旗を後ろも見ずに後方に投げ渡し、本人自身も前方から空をきって飛んでくる旗を受け取るという見事なチームプレーには、誰もが盛大な拍手を惜しまなかった。フィナーレは皇帝が好きだったというビールと米のタルトが観客全員に配られた。

本物の末裔たち

仲の良い雑誌編集長にシャルル・デゥ・トラゼニィというのがいる。シャルルはありふれた名前だが、姓を聞けばベルギー人なら誰でも彼が貴族の階級だと分かる。例えば、徳川とか伊達という苗字を聞けば、日本人なら「ムム、もしかしてこの人はあの○○の子孫か」と思うのと同じである。その彼にオメガングに出たことがあるかと冗談交じりに聞いたら、なんと(というかやはりというか)高校生ぐらいの時に一回出たそうだ。私が知っているシャルルは気さくで実に庶民的な考えの持ち主なのでヘェーと驚いたが、もっと驚いたことに、お兄さんは40年以上も欠かさず出ていて、おまけにこの15年来「カール5世」役だという。この祭りに出るのが絶対的な使命と思っているらしい貴族の末裔たちを真近くで見ると・・・。

本番

今年のオメガングには1400人以上が登場したが、その内の150人はれっきとした貴族の出である。名簿を見ると、カール5世役は侯爵(ということは友人の編集長は侯爵だ!)、フィリップを演じるのは伯爵、カールの姉フランス王妃や妹のハンガリー王妃は伯爵夫人や男爵夫人。その他プリンスやプリンセスなどが勢揃いしている。

化粧室に行ってみてまたビックリ。2ヶ月前にブルージュの聖血祭りを見たが、あちらと比べると大層な違いだ。向こうは大きい体育館のようなところで着替えや化粧をしていたが、こちらはゴシック建築の豪華なブリュッセル市庁舎が提供されているうえ、着替えも化粧も男女別々の部屋が用意してある。高貴な方々は違うのである。

ブルージュの方は聖書の話なので比較は出来ないが、本物の毛皮やレースがあしらわれた絹やビロードの衣装には金糸銀糸の刺繍が施され、手にとって眺めるなど恐れ多いほどだ。羽や宝石がついた帽子や組みひもで飾られた巾着や靴も素晴らしい。貴族役の人の多くは私物の本物の指輪や首飾りを身につけて登場するという。フランス王妃のダイヤのネックレスはさすがに偽物だろうが、ハンガリー王妃がつけているルビー色の大きなイヤリングは本物だと思う。また、本番前に携帯電話はもちろんのこと眼鏡や時計も厳禁という注意が出たのにはなるほどと納得した。

中庭で出番を待つ間の会話といえば、ガーデンパーティでの噂話や、モナコ大公主催のチャリティー晩餐会から戻ったばかりだとか、どっかの国のプリンセス(従姉妹)とクルーズで親戚巡りをする話しなど、どうも雲の上の話題ばかりだ。シャルルはそんなことが大嫌いで俗社会の編集者などをやっているが、そのせいか親や上流社会とは疎遠となっている。シャルルによると、彼らはとても閉鎖的で、どこかの皇室の話ではないが、学問があっても爵位がなければ眼中にないらしい。私の知っている女性はオメガングで知り合い、結婚して男爵夫人となったが、その彼女だってブルジョワの出身なのだ。「オメガングって上流社会の若い男女を結びつける『出会いの場』かなァ」と思ってしまう。だって、同じように中庭で出番を待つ兵士役や農婦役の人達とは会話のグループが全然違うのだもの。

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