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ベルギーコラム

Vol.03 エジプト

宮崎真紀

ベルギー在住、フードジャーナリスト及び衣食住に関するコーディネーター。食の世界の生活情報誌「ボナペティ」編集長。他に、国立料理学校でのフランス料理、フラワーアレンジ、ベルギーボビンレースの教室を主催する。

冬のバカンスのメッカ

冬のバカンスのメッカ

ベルギー人のクリスマス休暇の旅行はスキーか太陽を求めてかの2つに分かれる。地球の温暖化で12月では雪の保証がないこともあり、暑い国への旅に人気がある。カナリア諸島、モーリシャス島、西インド諸島へと実に精力的に出かけて行く。冬の小麦色の肌は、遠くまでバカンスに行く余裕あり、ということでもあるが、日常と違う場所で浮世を忘れ次のバカンスまでの充電をはかる。

ベルギーに住む日本人もこの時期はバカンスに行く。働き蜂王国の日本もさすがに年末年始は休み。駐在員達は「日本が休みで仕事にならんよ」と、大義名分がたつので堂々と休みが取れる。彼らが必ず行くのがエジプト。ピラミッドを拝まない奴は日本人にあらず、とばかりにエジプトを目指す。ところで、数年前、私は添乗員としてルクソール&カイロツアーで40人の日本人と旅をした。

ガイドの信ちゃん

ネフェルタリの墓

ガイドの女性は、大阪の大学院に留学し博士号を取った、カイロ大学日本語科の教授の信ちゃん。敬虔なイスラム教徒の彼女、留学中も「ラマダン」つまり陽が出ている間は水さえも飲まない断食を慣行。また夏の湿気でもスカーフで頭から肩をすっぽりと覆う信仰深さから「信ちゃん」と呼ばれていたそうだ。

我々は彼女のガイドで、ルクソール神殿、王家や王妃の谷を観光した。しかし、40人の団体は勝手に写真を撮ったりおしゃべりをしたりで、ガイドの後になかなかついて来ない。そうすると彼女は「オ~イ。船が出るぞ~」と呼びかけて集める。その達者な大阪弁とユーモアに一行は抱腹絶倒の毎日だった。  その信ちゃんが「王妃の谷にめったに見られへん、綺麗なお墓があるんよ。一日の入場は150人。けど他のお墓みたいに旅行会社が事前に買うことが絶対できへんの。そんでもって、入場券は当日入場する人が自分で切符売り場に並んで買わなあかんのや。せっかく行っても買えへんことがあるけど、興味ある?」と言った。

スリルとサスペンス

その墓の主はラムセス2世の愛妻で絶世の美女、ネフェルタリ王妃。旅行会社はリスクのあるツアーは企画しない。またこの墓は修復のため何年間も閉鎖することがあり、来月でまた当分閉まる。これを聞いて、リスクを負ってでも行きたいと熱望する15人が手を挙げた。そこで信ちゃんが提案したプロジェクトは「ホテル(東岸)にモーターボートをチャーターして墓のあるナイル川の西岸に渡る。岸に車を用意しておき切符売り場に行く」というものだ。但し、切符売り場の少し手前に朝6時に開く検問所があり、もしここで数台の観光バスに先を越されたら我々の分はなくなる。

クリスマスの朝4時半集合。真っ暗な中、モーターボートに手探りで乗り込み出発した。砂漠の朝晩は冷え込むと聞いていたが、予想以上の寒さとビュービュー吹きつける風とで、全員震えながら上陸した。そこで我々を待っていたのが、おんぼろのワゴン車。時間を見ると5時前、辺りには人っ子一人いない。これで安心と、ガタピシ走り出した車の中でホテルに特注した朝食を食べていた時、突然後ろの席のカップルが叫んだ。「後ろから大型の観光バスが走ってくるゥ~」。「エ~ッ」と全員一斉に振り向く。と、薄明かりの中、何台かのバスが猛烈な勢いで迫ってくる。信ちゃんと私は目を見合わせ、同時に「急げ~」と運転手に叫んだ。3台のバスに追い越されたら制限の150人からはみ出してしまう。

信ちゃんの叱咤激励が効いたか、我々の動揺が伝わったか、車は猛烈な勢いでデコボコ道を爆走し始めた。しかし、見る見るうちに先頭のバスに追いつかれ、バスの運転手の顔が見えるほど迫ってきた。全員後ろ向きでワーワー騒いでいた時、車が急停止した。故障?と振り返ると、検問所のゲート前だった。ここは6時まで開かないし、この先は道が細いので、大型バスに追い抜かされることはない、と興奮気味の信ちゃんの説明に安心した一同。

切符

ジリジリ待つこと約30分。ここで信ちゃんの第2の指令が出された。切符売り場がある広場に来たら、お金をしっかり握り、車から飛び降りて右手の一番遠いところにあるネフェルタリ専用の切符売り場まで突進せよ。全員真剣にうなずいた。あれが切符売り場と指差す信ちゃん。我々は車のなかで財布を握りしめ、総立ちで用意万端だった。ガタガタとなかなか開かないドアを蹴散らし、私は一番にすっ飛んで走った。売り場で「ここがネフェルタリの墓の券売り場か」と確かめ、武者震いで震える手で切符を買った。

ネフェルタリの墓

発売と同時にアッという間に売り切れた券だが、彼女の墓は10時にならないと開かない。渓谷の岩層をくり抜いた墓へは1回の入場につき少人数しか入れず、その時は我々のグループだけが地下に続く階段を降りた。何千年を経てもまばゆいばかりに美しい壁画。誰もが息を呑み茫然と立ちすくんだ。部屋の側面の至るところに描かれた色鮮やかな古代エジプトの神々とネフェルタリ。加湿器が静かに回るなか、幸運の10分間を堪能した。

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