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ベルギーワッフルが有名になる以前は、日本でワッフルと言えばホットケーキのような生地でカスタードクリームをつつんだ和菓子風のものや、薄いアメリカンワッフルのことでした。香りも深い味わいも従来のものとはまったく違うベルギーのワッフルを日本で初めて焼いたのがマネケン。
けれども、ベルギーがその歴史の中で大切に伝え続けてきた「お母さんの味」を日本の街角で紹介するまでには、実は長い道のりがあったのです。
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ベルギーワッフルを日本に伝えるきっかけとなったのは、株式会社ローゼン創業者 荒木勲 ( 故人 ) のヨーロッパ視察でした。各国を回って現地のお菓子を食べ歩く旅の途中、ベルギーの街角でワッフルに出会いそのおいしさに驚きます。

まだ日本からの旅行者も少なかった頃のことです。香り高く独特な歯ごたえを持ったまったく未知のお菓子でありながら、どこか懐かしいベルギーワッフル。荒木にとって実に感動的な出会いでした。

聞けばワッフルは老若男女を問わず好まれるベルギーの国民的なスイーツのひとつで、どこの家庭にもワッフルを焼く鋳型が一台はあるというほどポピュラーな存在。

「長きに渡って親しまれ続けてきた確かな味わいを、ぜひ日本にも紹介したい」そう考えた荒木はさっそくワッフルの材料と鋳型をベルギーから持ち帰り、試作に取りかかったのです。ベルギーの味をそのまま売るのではなく、さらに日本人の口に合う最高のワッフルを焼き上げることが目標でした。

試作に取りかかった頃は、国産砂糖の保護のため外国産のパールシュガーを入手することは非常に難しい時代でした。荒木は自ら砂糖事業団を相手に交渉した末、輸入の許可を得ます。材料の吟味とその調達にはじまり、製法についても研究に研究を重ねた結果、それまでの日本にはなかった本場ベルギーの味にも負けない最高のワッフルが生まれたのです。

当時のベルギー領事からは「本国のワッフルよりおいしい」という太鼓判をいただきました。 |
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